時代が昭和から平成へと変わろうとしていた頃、
池川自然学園の前身である池川塾の取り組みが始まりました。
これは池川自然学園となってしばらくした頃の初代園長 鈴木康正の手記です。
少し難しい文章ですが、当時の園長の想いを感じてみてください。
向かいの山の雑木林の新緑と濃緑の杉、桧の織りなすまんだら模様が美しく、
自然の息吹きをいっぱいに感じさせてくれる。
今は、全体が濃い緑になって、峯々が続いていく。
やがて秋になると雑木林は美しい紅葉を見せてくれる。
耳をすますと自然の営みの音が聞こえてくるようである。
見た目には同じように見える林も、一歩中に入ると様子がまるで違っている。
植林の杉や桧は、同じ太さの幹が枝もつけずに上に向かってまっすぐ伸びている。
地面に目を落とすと草も木もなく生物もいない砂地のようである。
雑木林に入ると、大小さまざまな草木が生い茂り、落葉に覆われた土はしっとり湿り、生物もうごめいて土が生きている。
「旧は新を育て、新は旧を養う。」という先哲の言葉にあるように大自然の摂理を実感できる。
今、画一教育、偏差値教育の欠点が指摘され、ゆとりの教育が取りあげられている。
今までの教育は、まさに杉、桧を密植した人工林教育ではなかっただろうかと思う。
雑木林は、それぞれ個性に応じて生き生きと育っている。
親である根から養分をもらって成長して、枝葉を繁らせながら葉を落として、根を養い、
多くの生物を養っている姿の中に、ほんとうの教育のあり方を感じとることができるような気がする。
この山の中で、学校へ行けない子、今の学校や家庭の中で落ちこぼれたり、
はみ出した青少年と共同生活をしながらの教育事業も、はや5年目を迎えようとしている。
うちの子達とこの学園は雑木林ではなかろうかと思う。
競って空に伸びる杉やヒノキではないが、
個性を発揮してケヤキの大木に育つかもわからない楽しみもある。
朝々、子どもたちと、山に向かって深呼吸をする。大自然ほどすばらしい教育者はない。
そのお手伝いできる幸せをかみしめている毎日である。
1993年5月
鈴木康正